初冬のよく晴れた日、浅草界隈をiPhoneアプリ「東京今昔散歩」を使って散歩して来ました。ただ、街を眺めて今昔写真を撮影するだけではおもしろくないので、今回は、途中「駒形どぜう」で、どじょう鍋を食べ、野田首相の気持ち…、じゃなかった、江戸情緒をしっかりと味わったり、仲見世の甘味処で甘いものをいただきました。歩いたコースは以下のような感じです。距離にして4キロメートル弱でちょうど良い距離のお散歩でした。
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浅草橋の駅を降りて向かったのは両国橋です。橋は左右対称なので、手彩色絵はがきの構図がどちら河岸から撮影したものかわかりません。しかし、その手前のチンチン電車の軌道のカーブと道路のカーブが一致するので、西詰、つまり都心側から西を向いて撮影されたものと想像できるわけです。ブラタモリ風に言うと、「街の記憶」というやつです。

このアプリには、よくある紋切り型の解説ではなく、こういうマニアックなウンチクが、図解入りで記述されており、電子書籍としても楽しめる仕組みです。現地で写真撮影するためだけのアプリではなく、あらかじめ掲載された現在の写真と昔の風景を見比べて、文章を読むだけでも楽しめるアプリなのです。

両国橋を後にして、浅草方面に江戸通りを歩きます。その名の通り、通り沿いには江戸の歴史を感じさせる記憶が数多く残されています。ならば江戸を感じるお昼ごはんをいただこうということで、「駒形どぜう」でどじょう鍋をいただきました。「駒形どぜう」は、徳川11代将軍の時代に創業した老舗です。現在は、6代目だそうです。(駒形どぜうに関する情報は、このアプリには掲載されていません)




正直言って、関西人の私には、なじみのない、かなりパワフルなSoul Food系グルメですが、これ以上、江戸風情を満喫できるフードとお店は、他にないよ、ということなのでがんばって食べました。おかわり自由のネギをたっぷり乗せていただきますが、ネギの味しか記憶にありません。食べ慣れないせいか、次の日は、おなかが緩かったです。ちなみに、上の画像のように、撮影機能を利用して風景だけでなく、近くのランドマークと食べたものなどを合わせて撮影するのも散歩の記録として、いけてるんじゃないかと思います。
縁側脇のこの場所は、話しによると池波正太郎先生の指定席だったらしい、という話し。真意の程は、わかりませんが、そのような噂を小耳に挟みました。どじょう鍋をつつきながら、熱燗を遣って「鬼平犯科帳」の構想を練っていたのかもしれません。

江戸の食文化を胃袋で堪能した後は、少し歩いて浅草エリアに到達です。ここには、4つの撮影ポイントが設定されているので、浅草今昔写真を一気に撮影します。上の写真は、吾妻橋です。以前は木造の橋だったのですが、大震災で焼け落ちてしまい、この手彩色絵はがきにあるような鉄製の橋に掛け替えられました。そして、その後、昭和6年に現在の形の橋になっています。今では、向こう側にスカイツリーがそびえ立って、昔の人がタイムスリップして現れたら腰を抜かすでしょう。下の図は、隅田川の上流域に架かる橋を図解したものです。このアプリにはこのような、橋マニアをも満足させるようなマニアックな情報も載っているわけです。

では、浅草エリアの残り3つのポイントを一気に紹介しましょう。まず最初は、おなじみの雷門です。江戸時代に創建された雷門ですが江戸末期に焼失してから、95年間再建されませんでした。明治から昭和中期にかけて、地名はあっても門の実態はなかったわけです。で、昭和35年に松下幸之助の寄進で再建を果たしました。表に「松下電器」、裏には、「松下幸之助」と書かれています。

おなじみの仲見世です。平日のこの日は外国人観光客だ溢れかえってました。いろいろな国の言葉が飛び交って中にはお行儀の悪い外国人もいたりしましたが、円高なのによくぞ来てくれた、という感じです。

浅草エリアの最後は、花やしきの正門前です。明治期の絵はがきに写っている塔は、明治23年に竣工した凌雲閣という高さ52メートル・地上12階立ての煉瓦造りのビルです。物販系のお店が入っていたという話しもあり、いわゆる雑居ビルだったようです。ここには、日本最初のエレベーターが設置されていました。ただし、あまりに故障が多く、翌年には使用中止となってしまいました。大震災で崩壊してしまいました。

浅草エリアの4キロメートル弱の今昔散歩の締めくくりは、やはりあまいものを食べて疲れた身体にたっぷりと糖分を補給して血糖値を上げることですね。というわけで、仲見世に戻って、浅草の甘味処といえばここ「梅園」でクリームあんみつとぜんざいをいただきました。となりのテーブルには、着物姿のきれいどころと同伴したフロックコート姿のイキなおじいちゃんが居て、ああ浅草だな〜ってな空気感に浸って、浅草今昔散歩を締めくくりました。万歩計の歩数はほぼ1万歩でした。
