enchantMOONとシトロエンのハイドロニューマチック

th_DSC_259710月1日発売予定の「enchantMOON オーナーズガイド&MOONBlockプログラミング」というムックの制作をお手伝いさせていただきました。というわけで、7月末から8月は、enchantMOONを触り続ける日々でした。

メーカーから評価機を借りたのが、7月20日頃でした。7月7日に出荷が開始され、順次予約者の元に製品が届き始めた頃です。当然、ブログやTwitter上で交わされるこの意欲的なタブレットの評価は気になります。

それはもう散々でした。「現状ではゴミ」「さすがにここまでクオリティが低いとは思わなかった(笑)」など、よくそこまで辛辣なツイートができなと思えるほどに、出るわ出るは…。ただ、その気持ちは、使い始めた僕自身も、イヤと言うほど理解させられました。その頃のOSのバージョンは、「2.1.x」だったように記憶していますが、たしかにひどいものでした。

enchantMOONで何かを産み出している生産的な時間より、再起動を待ったり、よく切れるWi-Fiの再接続作業を行なっている時間の方が確実に長かったわけで、ムックの制作というお仕事が絡んでいなければ、そのストレスに負け、とっくに投げ出していたかもしれません。

でもそうやって、この新しいタブレットがもたらすストレスを自身の中に内包させながらも、探求する気持ちで使い続けていくうち、僕の中で、この「現状ではゴミ」に対する見方が少しずつ変化していきました。ありきたりの言葉で言うと「愛着がわいてきた」わけです。そこで、8月の初旬に、自分でも購入しようと決め、注文し、先日やっと届きました。

では、僕は、enchantMOONのどんなところに愛着を感じたのでしょうか。いろいろとありますが、たとえば、この見るからにコストがかかったハンドルはその大きな理由の1つです。効率を追求するデジタルデバイスにおいて、これほどまでに非効率的なボディの作りはあり得ないと思います。それが証拠にiPadをはじめとする他のタブレットには、単なる板状にまとめており、そんなものついていません。実際、メーカーであるUEIの清水社長は、「ハンドルが製造遅れや歩留まりの悪さの原因」といった趣旨の発言を随所でしています。当初は、このハンドルは取ってしまうことも考えたようですが、思いとどまったようです。
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でも、僕の中では、このハンドルがあるからenchantMOONは、enchantMOONであり得るんですよね。だから、もし、第2世代enchantMOONを作るのであれば、このハンドルは残して欲しいわけです。このハンドルこそがenchantMOONの最大のアイデンティティだと思ってます。

enchantMOONのハンドルとハイドロニューマチックには通じるものがある

このハンドルを眺めていると、シトロエンのハイドロニューマチックサスペンションに相通じるものを感じます。球体状の容器の中をパーテーションで2つに区切ってオイルと窒素ガスを封入し、バネの代わりをさせるというユニークな機構と独特の乗り心地は、シトロエンのアイデンティティになっています。図は、ウイッキペディアより。

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バネがあたりまえの自動車のサスペンションにおいて、このような独自の機構にこだわり続けることは、工業製品というか、効率化経営の上ではあり得ないことなのだと思います。かつては孤高のメーカーだったシトロエンも、経営難からプジョーの傘下に入り、今では、プジョー、ルノー、BMW、三菱などと部品やエンジンの共通化を積極的に行っています。

でも、ハイドロニューマチックだけは、どう転んでも共通化はできません。コストアップになるわけです。ただ、そのような経済合理性を捨ててまでハイドロニューマチックにこだわるからシトロエンは、シトロエンなわけです。20年弱の間、シトロエンを所有してきた僕としては、enchantMOONのハンドルに同じニオイを感じ取ったのかもしれません。

そんなシトロエンも、自動車業界を取り巻く潮流には逆らえず、ハイドロニューマチックはフェードアウトの方向にあります。現在、生産されているハイドロニューマチックを装備したモデルは、「C5」のひとつだけです。次期C5、あるいは新たに登場が噂されている、次期上級モデルでは、存続されるのかどうか、正式なコメントはないようなので、シトロエンのファンはやきもきしています。

僕自身はというと、エグザンティアというモデルに10年、その後C5に7年と17年のハイドロニューマチック生活を楽しんだのですが、諸般の事情から、昨年の3月に、普通のドイツ車に乗り換えました。このドイツ車は、トランスポーテーションの道具としては、とても良くできています。安全に確実に移動できる手段として申し分ありません。

ただ、なんというか、シトロエンのときのような愛着を感じないんですよね。色気がないというか、愛嬌がないというか、おもしろくないというか…。タブレットとしては、申し分のないiPadもこんな感じといえば、こんな感じです。だから、enchantMOONも同様に、「ハンドル」というアイデンティティをこの先もずっと持ち続けて欲しいものです。

なつかしのHyperCardに思いをはせる

さて、最初はどうなるかと思ったタブレット端末としてのenchantMOONですが、OSのバージョンが上がるにつれ、それなりに、楽しめるデバイスになってきました。特に、プログラミングに長けた腕に覚えのあるユーザーが作った「シール」(iPhoneでいうアプリ)が出始めたことで、私のような、非プログラマーでもあれやこれやと試すことができます。

今から20年前、ビル・アトキンソンというAppleのプログラマーが開発した、HyperCardというソフトウェアがありました。Macintoshを購入すると標準でバンドルされていました。ちょうどその頃は、「マルチメディア」という言葉がブームで、HyperCardを使って写真や音を組み合わせた簡単なゲームをせっせと作っていました。いわゆる「スタック作家」というやつです。

iOSアプリの開発者でありながら、現在はプログラミングはぜんぜんだめな僕ですが、HyperCardのプログラミング言語であるHyperTalkは、当時せっせと書いたものです。初心者にも容易にその構造が理解できて、ちょっとがんばれば、驚くほどかっこいいオーサリングができました。CD-ROM制作会社のプロデューサーから「これだけ書けるならうちの仕事もして」と言われるくらいまでの能力はありました。enchantMOONも、HyperCard的なことができ、そんな昔を思い出します。なんだか急に懐かしくなって、押し入れの奥にしまってあるMacintosh IIcxを引っ張り出したくなりました。たぶん動作しないとおもいますが…

といわけで、enchantMOONにシトロエンやHyperCardと共通のニオイを感じてしまったわけですが、小さなベンチャー企業が作ったこの独自のタブレットをこれからも見守っていきます。

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